日本基督教団 高井戸教会

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高井戸教会だより 31号

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説教 「クリスマスに思う」 – ヨセフの信仰と決断について
マタイ福音書1章18-25節

牧師 内藤 留幸

マタイ福音書はヨセフに焦点を当ててクリスマスの出来事を記している。今日は、このヨセフの経験と決断に注目しながら、上よりのメッセージを聴きたいと思う。

18節『母マリヤはヨセフと婚約していた』

若い二人は人生の喜びを感じながら、一緒になる日を待っていた。ところが、マリアが婚約中に聖霊によって懐妊したというのである。「聖霊によって」ということは人間的営みによるのではなく「神さまの働きによって」ということである。このことは、やがてマリアから生まれた主イエスが神のみ旨によって、救い主として誕生されたことを示している。マリアの懐妊が聖霊によったことを未だ知らなかったヨセフは裏切られた思いで、心が深く傷つけられた。19節『夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した』

ルカ福音書を参考にして考えると、マリアはみ使いから告げられたとおりに自分の懐妊の次第をヨセフに語っていたに違いない。しかし彼はそのことが理解できなかった。そこで離縁しようと思ったがその決断が本当に神のみ心に沿っているか否か熟慮していた。生ける神はいつもみ前に立って、み言葉の光の中で自らを振りかえる者に、明確なみ旨を示してくださるのである。20節~21節『主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」』

ヨセフには、初めマリアが姦淫の罪を犯したとしか思えなかったが、天使のみ告げを聴いた時、マリアから生まれる男の子が救い主となることをはっきりと知った。

このヨセフの経験は非常に大切なことを私たちに教えている。――人生で出会う出来事の中には、私たちの経験や常識では正しい意味を理解できないことが多い。そんな時、ヨセフが天使の言葉を聞いて直面している事柄の意味に目開かれたように、私たちも神のみ言葉に深く聴くことによって、不可解に思っていた出来事の持つ意味を正しく認識できる。もし神の言(聖書)に聴くことを怠るなら、神のみ旨や祝福を正しく受け止めることができないのである――。

23節『見よ、おとめが身ごもって、男の子を産む。 その名はインマヌエルと呼ばれる』(イザヤ書7章14節参照)この福音書の記者マタイ自身、このみ言葉を聴くことによって主イエス・キリストの誕生の持つ深い意味を見出したのである。

考えてみると「神が一緒にいてくださる」ということを本当に信じられるなら、私たちは人生のどんなときでも心安らかにいられる。なぜなら、生ける神は全能であり、愛と恵みに富んでおられる方で、私のような小さく貧しい者をも決してお見捨てにならないからである。24節『ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れた』

私たちがクリスマスを迎えて心から信ずべきことは、神の民イスラエルの歴史において、無から有を創り出すような仕方で働かれた神が、主キリストの誕生に深く関わり、私たちの救いのために確かな手を打ってくださったということなのである。