日本基督教団 高井戸教会

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高井戸教会だより 5号

教会だより

説教 「聖霊による教会の誕生」
使徒言行録1章・2章

牧師 内藤 留幸

キリスト教会が誕生した聖霊降臨の出来事は、心を合わせて祈っていた弟子たちの群に起こった。彼らは『あなたがたの上に
聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリヤの全土で、また、地の果てに至る
まで、わたしの証人となる』といわれた主の約束の成就を信じて祈っていた。この祈りは生ける神との霊の交わりであり、神の
くすしき恵みを受ける準備の時であった。

準備といえば、十二使徒の一人イスカリオテのユダの欠けた穴を補うためにマティアを選び出し、弟子たちの群が体制を整え
たことも注目に値する。彼らはくすしき恵みの時がきて聖霊が与えられたなら、直ぐにみ言に従って活動できる備えをしたので
ある。聖霊を受けた時、弟子たちは復活の主キリストの証人としてたくましく福音を語り始めることとなったのである。

キリスト教会の誕生が聖霊降臨によって実現したということは、神の深い救いのご計画によって最もふさわしい時に、最もふ
さわしい形で教会が誕生したことを表している。新しいイスラエル(神の民)としての教会の誕生はただ漠然と起こったのでは
なく、また人間の努力や計画によって起こったのでもない。それはまさに、くすしき神のみ旨の成就として実現したのである。
それ故、弟子たちはこの世の人々を『曲がった時代から救われよ』といって救いの福音を語っていったのである。

聖霊降臨によって教会が誕生した時の様子が使徒言行録2章に詳しく記されている。そこでは表現はともかくとして教会誕生が
人間の知恵や言葉では十分説明しきれない、人間の能力を遙かに超えた神の圧倒的な恵みの出来事として起こったことを示している。

しかしながら聖霊降臨の出来事をただ異常で神秘的なこととだけ考えるべきではない。この黙示的な表現の奥に、神が信じる
者に注ぎ給う恵みがどんなに深く、豊かであるか、心を合わせて祈る弟子たちの切な る願いを神がしっかりと受けとめてくださ
った事実を見ぬくことが大切なのである。

聖霊信仰に関して誤解してはならないことがある。それは私たちが『聖霊を感じるのではなく、聖霊を信じる』のだというこ とである。使徒信条には『われは聖霊を信ず』と告白されている。よく霊なる神を実 感したという人たちがいる。感じるのは私ちの五感であり、感情である。感情は確かに昂揚することもあるし、熱心にさせることもある。しかし、しばしば冷めることもあるし、消沈することもある。感情的な人真実に神を信じるということは感情的、情緒的であるよりは意志的である。正統的なキリスト信仰、聖霊信仰は強い意志的信仰である。「キリスト教は志(こころざし)の宗教である」と、ある日本の先輩の牧師が語っているとおりである。この点をしっ かりと自覚しておきたい。聖霊を豊かに受けたものは真実な信仰に導かれ、『われは聖なる公同の教会を信ず。』との信仰告白へと深められて行く。信仰が個人の心の問題にとどまらずに教会的な信仰に広がり、深まっていくことは実にすばらしい祝福なのである。